2005年06月01日

携帯電話を持たない人

携帯電話を持たない人。
今年に入って、何回かそういう方々と待ち合わせをした。

おそらく、ポリシーとして携帯電話を持たないのだろう。
意外な人が持っていなかったりする。

待ち合わせ場所に行くまでに、「もし、いなかったらどうしよう」と一度は必ず考える。前日の晩は念のため、待ち合わせ場所と時間を再確認する電話をかけたり、かかってきたりする。

私は携帯電話を持っているので、その番号をあらためて伝える。
まずはこれで問題ない。
先方は「念のため」と、自宅の電話番号を再度教えてくれる。
待ち合わせ場所の電話番号も併せて。

それでも、こう聞かずにはいられない。
「もし、何かあった場合はどうしましょうか?」

ある方は笑いながら、こうおっしゃった。
「生きている限り、交通事故にでも遭わない限り、必ず行きますよ」

ただの待ち合わせだ。
しかし、携帯電話で連絡を取り合えないからこその緊張感が生まれる。
無事に会えるまでは、やはり心が落ち着かない。

思えば十数年前までは、こうしたことが日常だった。
携帯電話から受ける恩恵は計り知れない。
携帯電話なしの生活にはもう戻れない。
ただ、そんな時代がちょっと懐かしくなった。

今の子供は用事がある時、会社にいる親の携帯電話に連絡を入れる。
私の時代は違った。
日中、用事がある時は、母親もしくは父親の会社に電話をかけなければいけなかった。たいした用事でもないことがほとんどだったが(あのお菓子を買ってきてほしい、とか。小学生のころは買い食いははしたないと教え込まれていた)。

でも、小学生にとってはドキドキするシチュエーションだった。
「ほかの人が電話に出たらどうしよう……」なんて緊張しながら、受話器の向こうで響く呼び出し音を聞いていたものだ。

もちろん、ほかの大人が出れば、幼いながらも一生懸命に敬語を使って。
子供はこうした状況から、知らず知らずのうちに社会性というものを身につけていったような気がする。

今の子供はそんな機会を失っている。
幸か不幸かと問われれば、私は不幸なことだと答えるだろう。

たまには「携帯電話を使わない日」というのがあってもいいのかも。
それはちょっとしたドラマを生むかもしれない。
少なくともドキドキ感は生まれる。

私は携帯電話が出てこない小説、映画が好きだ。
今の時代には不自然なことかもしれないけれど。

posted by はるちー備忘録 at 09:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
!!!!!。
極めて同感。
頷くこと数回。
Posted by 東京脱力新聞 at 2005年06月01日 21:42
昨日も携帯電話を持たない人と待ち合わせ。
無事、会えました(ほっ)。
初対面なのに、会った時には一種の連帯感が(一方的に)。
Posted by はるちー at 2005年06月02日 23:02
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